札幌簡易裁判所 平成10年(ハ)22951号 判決 1999年3月16日
原告
プロミス株式会社
右代表者代表取締役
山田裕三
被告
櫻庭樹実
主文
一 当庁平成一〇年(ロ)第八六六七号貸金請求事件の仮執行宣言付支払督促を認可する。
二 異義申立以後の訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、三五万三一九一円及び内金二二万五六九二円に対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年三二パーセントの割合による金員を支払え。
第二 請求原因の要旨
一 被告に対する直接貸付
1 原告は、被告との間で平成六年七月二八日、原告発行の被告名義のカード(以下「本件カード」という。)を利用して、被告が原告から繰り返し金員の借入ができる旨の極度借入基本契約(以下「本件契約」という。)を左記の約定で締結した。
記
利率 年29.2パーセント
遅延損害金率 年三二セント
2 原告は、被告に対し、本件契約に基づき、別紙計算書記載のとおり、平成六年七月二八日から平成七年一〇月一五日までの間四〇回にわたり、合計八〇万四〇〇〇円を貸し渡した。
3 被告の原告に対する返済額を、元金、利息制限法所定の利息及び約定遅延損害金にそれぞれ充当すると平成一〇年一月二二日現在の右貸金の残元金は二二万五六九二円で、同日までの確定未払遅延損害金は一二万七四九九円となる。
二 他人によるカード利用についての責任
仮に被告以外の他人が本件カードを使用して、原告から金員を借り入れたとしても、本件契約第二条四の「カードの紛失、盗難、暗証番号の漏洩、その他の事由により、私以外にカードを不正使用された場合においても、一切の責任は私が負うものとします。」との定め(以下「本件条項」という。)により、被告は、原告に対し、本件貸金残元金及び遅延損害金の同額の金員の支払義務を負う。
第三 当裁判所の判断
一 証拠によれば、以下の事実が認められる。
被告は、本件カードを利用して平成六年七月二八日から同年一〇月四日までの間四回にわたり合計一一万五〇〇〇円を借り入れ、同年八月三一日及び同年一〇月四日の二回にわたり、合計二万一〇〇〇円を返済した後、同年一〇月一一日刑事事件によって逮捕され、平成七年二月七日に函館少年刑務所に入所した。被告が逮捕された後、本件カードは被告の他の所持品とともに札幌市厚別区もみじ台南四丁目所在の被告の実家に保管されていた。被告の実弟櫻庭正利(以下「正利」という。)は当時実家に居住していたが、被告が原告に対し、債務を負担していることを従前から知っていたため、本件カードを持ち出し、自分の負担で原告に対し、平成六年一〇月三一日に八万円及び同年一一月一日に二万二〇〇〇円をそれぞれ返済した。この返済の結果、被告の債務は消滅し、逆に三四二四円の過払が生じた。正利は、右返済を留置場にいる被告に面会して話したが、その際被告は、正利に対し、特に本件カードの処分・保管等について何ら指示をせず、同人に本件カードによる借入に必要な暗証番号を教えた。
その後、正利は本件カードと被告から聞いた暗証番号を使用して平成六年一一月一三四日から平成七年一一月一七日まで自動貸付機による借入と返済を繰り返していたが、同年一一月ころ本件カードを紛失した。その時点での貸金残元金は二二万五六九二円であった。
正利は、被告が平成九年六月一一日に刑務所から出所した際、被告の入所中本件カードを利用して借入をしていたことを告げたところ、被告は残債務については自分が支払をするととれる趣旨の発言をした。その後、被告は、原告に対し、平成九年一一月二七日、同年一二月二九日、平成一〇年一月二二日、各一万円ずつ支払った。
二1 以上の事実によれば、平成六年一一月一日以前の被告の債務は弁済によって消滅している。そして平成六年一一月一三日以降の借入は正利によるものであるから、原告への直接貸付を根拠とする請求原因一は理由がないことが明らかである。
2 それでは、他人によるカード使用についてカード名義人(顧客)が一切の責任を負う旨の本件条項に基づく請求(請求原因二)は認められるか。
民法の原則は個人責任であり、他人の行為の責任を本人が負うのは本人に何らかの帰責事由がある場合に基本的に限定されている(民法一一〇条、七一五条等)。しかるに、本件条項には何らの免責事由もなく、結局いかなる場合もカードを使用した借入があれば、顧客が全責任を負う内容となっており、個人責任の原則に反する。また、全国的な貸金業者である原告と顧客にすぎない被告の力関係には圧倒的な差があり、被告には本件条項を排除・変更した契約を締結する自由は事実上存在しない。
したがって、民法の原則に沿い、また相対的に弱者の立場にある顧客に苛酷な結果とならないように、本件条項により顧客が支払義務を負うのは、顧客にカードの保管や暗証番号の秘密保持などの義務違反があったために他人がカードを使用した場合に限定して解釈するのが相当である。
3 では、本件では、被告にカードの保管義務違反等の帰責事由は認められるか。
被告は、拘留中あるいは在監中とはいえ、正利が原告に対する弁済をした後に、本件カードの返還を受けるなり、同人に廃棄を指示するなりすることはできた。また、原告に対し、本件契約の解約又は本件カードの使用の停止を通知することも可能であった。さらに、重大な帰責事由は、被告が正利に本件カードの暗証番号(四桁の数字)を教えたことである。被告が使用していた暗証番号は、被告の生年月日などから容易に推測できるものではなかったから、被告が正利にこれを教えなければ、正利が本件カードを被告に無断で使用することはほぼ防止できたはずである。
以上のとおり、被告には正利が本件カードを利用して借入をすることを防止することが可能であったのに、これを怠った帰責事由がある。
したがって、本件では被告は、本件条項に基づき、正利の借入について支払義務を負うと言わざるを得ない。
4 以上の事実によれば、原告の請求は理由があるから認容すべきところ、これと符合する主文第一項記載の仮執行宣言付支払督促を認可する。
(裁判官平野哲郎)
別紙計算書<省略>